最高裁判所第一小法廷 昭和41年(あ)1000号 決定 1967年2月16日
主文
本件上告を棄却する。
弁護人和島岩吉、同岡田忠典の上告趣意第一、二点は判例違反を主張するが、所論引用の判例は、いずれも本件と事案を異にして適切でないから、その前提を欠き、上告適法の理由とならない(引用の判例のうち、第一点の(ロ)の大審院判例は判決年月日を昭和六年二月三日と記載しているが、その内容としては大正一四年六月一六日のものを掲記していると考えられ、そのいずれの判決を引用するか明確でなく、判例違反の対象とする判例を特定していない点で不適法である。なお、専用軌道を有する電車の運転士は、夜間、踏切警手のいない踏切を通過する際にも、特別の事情のない限り、電車の速度を低減し、もしくはその進行を停止して、不慮の事故に備えるべき義務はないが、本件のように、その進路前方の沿鹿に火災の発生したことを知り、しかもその発生場所を適確に知ることができない状況にある等特別の事情のあるときは、運転台からその煙を望見し得る限り、火災発生場所が自己の一応の判断よりもはるかに近い軌道沿線であるかも知れないことを予測し、火災現場に急行する消防自動車や、火災に心を奪われた被災者、見物人等が、電車の進行に注意を払わないで、右現場近くの踏切を横断しようとし、または右踏切やその附近の軌道敷内に立入るおそれがあり、そのため、電車がこれらと衝突する危険のあることを予見して、進路前方に異常を発見した際にこれと衝突することなく直ちに停車し得る程度にまで減速して進行すべき注意義務があるとした原審の判断ならびに本件において、電車を停止させる措置をとることなく踏切軌道上で消火活動に従事していた消防自動車の側にも過失が認められるが、これにはって被告人の責任が阻却されることはないとした原音の判断は、いずれも相当である。)。
よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(長部謹吾 入江俊郎 松田二郎 岩田誠 大隅健一郎)